かたぴ
今回は観音埼灯台を紹介します。
※以下は2017年9月24日時点の情報です。
観音埼灯台とは
観音埼灯台(かんのんさきとうだい)は、神奈川県の三浦半島の最東端に位置する灯台です。
日本の灯台50選にも選ばれており、またのぼれる灯台15基のうちのひとつでもあります!
観音埼灯台は日本の灯台の歴史の始まりと言っても過言ではありません。
なぜなら、観音埼灯台は日本最初の西洋式灯台だからです!
まずは観音埼灯台について軽く学んでおきましょう。
日本の西洋式灯台の歴史
明治維新を2年後に控えた1866年(慶応2年)、幕府はアメリカ・イギリス・フランス・オランダの4カ国と江戸条約を結びました。
その条約には灯台を8基建設することが盛り込まれていました。
観音埼灯台はそのうちのひとつ。
その後幕府が倒れ、1868年(明治元年)の9月に観音埼灯台の建設が始まりました。
このとき灯台の設計・建設を担当したのが、当時の横須賀製鉄所の首長であったF.L.ヴェルニーという人物です。
F.L.ヴェルニー
F.L.ヴェルニー(フランソワ・レオンス・ヴェルニー)は1865年(慶応元年)に来日したフランス人の技師。
帰国する1876年(明治9年)までの12年間、日本の近代産業の基礎づくりに貢献した人物です。
当時の観音埼灯台はレンガ製でしたが、このレンガはヴェルニーが首長を務めていた横須賀製鉄所で作られたもの。
観音埼灯台にはこのレンガが約64,600枚使われたと言われています。
三代目観音埼灯台
今立っている観音埼灯台は実は三代目なのです。
初代のレンガ製の灯台は大正11年(1922年)4月の地震で倒壊してしまいました。
その翌12年3月にコンクリート製の二代目として生まれ変わったものの、同年9月の「関東大震災」でまたしても倒壊。
わずか5ヶ月で倒壊してしまったんですから当時の人たちはたまったものじゃないですよね…。
それから大正13年(1924年)9月に着工、翌14年6月に再び灯台が完成しました。
これが三代目の観音埼灯台であり、今我々が見ることができる灯台です。
観音埼灯台への行き方
観音埼公園の駐車場に停めよう
観音埼灯台はバイクやクルマで直接行くことはできません。
そのため、周辺の駐車場に停めましょう。
最寄りの駐車場は以下のレストハウスがある第1駐車場です。
駐車料金や駐車場の時間、他の駐車場については以下をご覧ください。
参考 ご利用案内県立 観音崎公園観音埼灯台まで歩いて向かおう
道の両サイドはBBQ場。
いい香りがするんだよな~。
灯台までひたすら上りです。
手すりはありません。足腰が鍛えられますよ。
観音埼灯台の写真
ようやく入口に到着しました。
きつい階段が続いたため少し息が上がってますw
入口で受付のおばちゃんに200円を払います。
観音埼灯台を空撮した素敵な写真入りのチケットがもらえます。
入口から少し行くと左手に観音埼灯台點燈の碑が現れます。
観音埼灯台が点灯した「1869年」の数字が掘られています。
148年前の碑ですもんねぇ…すごい。1世紀以上前のものがここに。
さぁいよいよ中へ入っていきましょう!
もうひと頑張り!気合で上りましょう。
壁には日本の灯台50選に選ばれた灯台の写真が1枚1枚飾られています。
ようやく上り切りました。
晴れてるから遠くがよく見える~!
向こうに見えるのは千葉県の房総半島です!
空撮の動画がYoutubeに上がっているようですので、見たい方はQRコードを読み込んでみてください!
灯台のレンズって特殊な形状をしていますよね。
発明者の名前から、このレンズはフレネルレンズと言います。
薄く軽量で、しかもちゃんと光を遠くまで届けられるスグレモノです!
レンズの仕組みについては↓の展示室で学べます。
灯台資料展示室
灯台から下りてきたら、是非灯台資料展示室に寄っていきましょう。
ここでは以下の3つの展示室があります。
- 展示室1:初代観音埼灯台
- 展示室2:灯台の仕事
- 展示室3:灯台の役割
観音埼灯台ができたときのビデオを見ることができるほか、「なぜ灯台が必要なのか?」や「レンズの仕組み」などを学ぶことができます!
まとめ
到達難易度:★★☆☆☆ (直前の階段で少し上るくらい)
費用 :★★★☆☆ (駐車料金と灯台の入場料がかかります)
景色の良さ:★★★★★ (海がよく見え、公園の緑とのコントラストも素敵)
混雑度 :★★★☆☆ (公園内ということもあり、そこそこ人がいます)
周辺環境 :★★☆☆☆ (公園を出ないとお店はない)