フードデリバリーと情報発信で自分らしく生きる!かたぴのプロフィール

かたぴ

みなさんはじめまして!ブログを見に来ていただいてありがとうございます!

フードデリバリーと情報発信の組み合わせで自由気ままに生きているかたぴです。

突然ですが、みなさんが日々生きていく上で大切にしている考えはなんでしょうか?

もしくはこういう生活をしていきたい、みたいな。

今の私が生きる上でとても大切にしている考えは「時間や場所に縛られない生活をしたい」「自分が自信を持って好きで得意と思える仕事をしたい」ということです。

もちろん幼い頃からこういった考えを持っていたわけではありません。

過去の自分と向き合いながらも、その時々で自分の思いに素直になって行動してきた結果、今の自分にたどり着いてしまいました。

そこでこの記事は私かたぴのプロフィールページということで、

「どうして今そんな生き方をしているのか?」
「過去の経験が今にどう繋がっているのか?」
「今後何をしていこうと思っているのか?」

ということについてお伝えしていこうと思います。

少しでもどんな人間なのかが伝わったら幸いです!

まずはざっくり!かたぴってどんな人?

時間がない方のために、まずはざっくり自分のことをお伝えします。

  • 1990年11月3日生まれの31歳
  • 神奈川に生まれ、東京で育ち、2019年9月から埼玉(さいたま市)に住んでいる
  • 学生時代はサイクリング部に所属し自転車で日本中を走り回っていた
  • 理系の大学院(修士)を卒業後、正社員のAndroidエンジニアとして計2社で勤務
  • 会社員をしながらバイクの免許を取ったり、ブログでの情報発信を始めたり、Uber Eatsの配達を始めたりした
  • 「自分の得意で好きなことを追求したい」という思いから会社員を辞め、フードデリバリーと情報発信の組み合わせで生きることを決意

詳細が気になる方は以下を読み進めていただければ幸いです。ちなみに本気入れて書いたらかなり長くなってしまったので覚悟してください(笑)

幼少期

神奈川県川崎市に生まれる

生後7ヶ月くらい

1990年11月3日に私かたぴはこの世に誕生しました。

生まれた場所は神奈川県川崎市にある聖マリアンナ医科大学病院だと親から聞いてます。

2歳くらいに神奈川県川崎市から東京都練馬区へ引っ越し、今もそこに実家があります。

その後、2歳下の妹と3歳下の弟も生まれ、3兄弟の長男として生きてきました。

両親が離婚、母子家庭に

確か小学校4年生くらいの頃でしょうか。

父親の浮気が原因で両親は離婚。

東京の実家から父親は出ていき、以後はずっと母子家庭で育ってきました。

ただ、離婚後も父親とは定期的に会っており、30歳を超えた今でも年に1,2回はサシで飲んだりしてますね。

自転車で走ることの楽しさに目覚める

離婚して出ていった父親は当時高田馬場でひとり暮らしを始めました。

実家のある練馬区から高田馬場、決してそこまで遠い距離ではありません。

そんな高田馬場の父親が住むアパートまで、単独で自転車で行ってみたのです。

自転車は内装変速3段のごく普通のシティサイクル。

当時、自分が12歳(中学1年生)の頃のことで、片道10kmの大冒険でした。

元々クルマで何回か父親の元へ連れて行ってもらったこともあり、道は完全に頭に入っていたんですよね。

何回か行くうちに「自分の力だけで行ってみたい」って思うようになったのがきっかけです。

以後、中学高校と自転車で街を走り回ることが圧倒的に増えていきました。

自転車乗りとして没頭する学生時代

今でも乗っているシクロクロスバイク

そこから時は流れて大学生に。

ここから自転車乗りとしての自分が一気に開花!

サイクリング部に入部する

中学高校と自転車で走り回りましたが、大学では「もっと走ってみたい」という思いからサイクリング部に入部しました。

北海道に自転車をフェリーで持っていき、野宿オンリーの9泊10日の夏合宿をしたり。

2009年北海道9泊10日夏合宿

春合宿の終着点である広島県福山市から5泊6日で東京の実家まで自転車で帰ってきたり(1日目が東日本大震災の日だった)

2011年春合宿の帰り道

当時ゲームセンターにあったアーケード版アイドルマスターの設置店を自転車で巡ったり(推しは春香でした笑)

アーケード版アイドルマスターの設置店を自転車で巡る旅

ここに載せたのはほんの一例で、遠方の地だろうとひたすら自転車で走り回る日々を送ってました。

卒業旅行で9泊10日の大分を目指す旅

2015年3月。

就活も難なく終え、無事に修士論文の発表も終えて、計6年間の学生生活も終わりが近づいてきました。

さて、学生最後と言えばやはり卒業旅行じゃないでしょうか?

学生時代の集大成として自分らしい旅にしたい!

そんな思いから、卒業旅行として東京の実家から大分県の父方の祖父の家を自転車で目指すことにしました。

やってることは先に書いた中学1年生の頃と変わっていません。

要するに公共交通機関や誰かの運転に頼らずとも、自分の力だけで行ってみたかったのです。

あと、この卒業旅行の約2年前に祖母が亡くなっており、東京から大分まで自転車ではるばる線香をあげに行くということもしたかったんですよね。

ひたすら走り続けて・・・

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京都府の福知山駅

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山口県の角島大橋

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関門海峡を越えて九州へ

9泊10日の旅を経てとうとう大分県の祖父の家に到着!

東京から大分の祖父の家まで自転車でやってきた!

自転車を通じて自分の成長を大きく感じた瞬間でした。

6年間の学生時代の間に自転車で走った距離は30,000km以上に!

山あり谷ありな会社員時代

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2015年4月、社会人になる

2015年4月。新卒として株式会社ナビタイムジャパン(乗換アプリとかナビゲーションアプリを手掛けている企業)に入社しました。

会社員時代はずっとAndroidエンジニア(Androidスマホのアプリを開発するエンジニア)でした。

今でも会社員時代の経験は大きな人生の分岐点だったと思います。

普通二輪免許取得&250ccバイク購入

学生時代の自転車乗りの経験から『自転車乗り向けのナビゲーションアプリ』を扱う部署に行きたいなと思っていました。

結果として念願通りその部署に配属されることになったのですが、最初に携わったプロダクトは自転車ではなく『バイク乗り向けのナビゲーションアプリ』だったのです。

「自転車乗りの気持ちは分かるけど、バイク乗りの気持ちは分からない・・・」

そこで、配属されて数ヶ月後に自分の意志で二度目の自動車教習所へ通うことに。

やっぱり携わるプロダクトはユーザーとしても試してみたいじゃないですか。

程なくして普通自動二輪免許を取得し、数ヶ月後には冬のボーナスでバイクを買ってしまいました。

スズキのGSR250を購入

卒業旅行以来の角島大橋

自転車だろうとバイクだろうと、自分でハンドルを握って、風を切って走る乗り物であることに変わりはありません。

行動範囲が大きく広がり、今まで以上に短期間で多くの場所へ行けるようになりました。

これを期に、更に旅が好きになりましたね。

大分に住む祖父が亡くなる

2016年4月、社会人2年目になったばかりの頃、大分に住む祖父が亡くなりました。

通夜や葬式には参列したものの死に目には会えず。

学生時代の卒業旅行で大分まで行っておいて良かったと思った一方、社会人1年目は一度も大分の祖父の元へは顔を出さなかったんですよね。

やはり、社会人になってから学生時代の頃ほどは時間が取れなくなってしまったというのが率直なところです。

「もっと時間や場所に囚われない仕事ができたら、死に目にも会えたんじゃなかろうか?」

社会人になってから初めてそう思うきっかけになった一方で、まだこのときはそんな理想を叶えるために何をしたら良いか分からない日々でした。

仕事に悩み始め精神科に通い出す

バイクも購入して土日や長期休暇などでツーリングを楽しむ一方、仕事はなかなかの苦戦でした。

慣れないAndroidエンジニアという仕事に加えて、職場の人間関係に悩んでしまう日々。

少しでも一人になりたくて、社内の休憩スペースでランチはせず、昼休みに弁当を持って公園のベンチで食べるような日々が続きました。

結論から言うと入社二年目の終わり頃に精神科に通うほどに。

今の自分からすると考えられないことですが、改めて振り返ると、当時は人間関係に対する対処法も心得ておらず視野も非常に狭かったなぁと思っています。

結果的に半年ほどで精神科に通うことは無くなったのですが、そのきっかけにはある方との出会いがありました。

ブロガーになる

精神科に通うようになり、職場での居心地も段々と悪くなる日々。

「このままではまずい」

そう思った自分を駆り立てたのでしょう、気づいたときには会社員ならではの悩みと解決法をGoogleで調べまくってました。

そんなときに偶然ネットで見つけたのが、会社員からブロガーとして独立したあんちゃさんという女性の方でした。

あんちゃさんのブログの記事を読んでいくに連れて「会社員を辞めるのは今は無理だけど、自分もブログで収入を得てみたいな」と思うようになり、2017年9月、見様見真似で副業ブロガーとしての活動をスタートさせました。

当時の自分のブログの収入は微々たるものでしたが、それよりも大きかったのはブロガーという情報発信活動を通じて他のコミュニティに目が向いたことでした。

「別に今いる会社だけがすべてじゃないんだ」って。

会社だけがすべてじゃない

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サロンのイベントで登壇させていただいたことも

情報発信を始めてからというもの、自分の発信がきっかけで誰かに感謝されることが増えました。

身近な人だけでなく、一度も会ったこともない遠くにいる人からも。

これぞネットでの情報発信の醍醐味なんですよね。

「あぁ、自分でも誰かの役に立てているんだな」

当時所属していたあんちゃさんのオンラインサロンは解散になり、関わることもなくなってしまいましたが、今でも情報発信の師として陰ながら尊敬しています。

その後ブロガーとしての活動も続ける中で書いた記事がきっかけとなり、2018年3月、暗号通貨の取引所であるコインチェック株式会社に転職することになります。

【イベントレポ】コインチェックのエンジニア向けイベント『coincheck_meetup #1』へ行ってみた!

同棲していた彼女と別れる

転職したこと自体は良かったのですが、総じて振り返ると、この2018年は自分にとって絶望の1年間でした。

というのも、学生時代から付き合っていて2年ほど同棲していた彼女(付き合ってからは5年弱)と別れたんですよね。

原因は自分の浮気でした。

幼い頃にあれほど両親の離婚を見て「自分だけは浮気しないぞ」と思っていたのにも関わらず。

同棲していた彼女との家を引き払い、入社1年目に買った250ccバイクも引っ越し資金のために手放し、渋谷に引っ越しました(引っ越しだけは後に職住近接に繋がったので良かったのですが)

でも、結局その後付き合った方とも長続きすることなく約3ヶ月でお別れに。

一気に何もかも失ってしまったような感覚に陥り、家で声を上げて泣く日々が何日も続きました。

本当に未熟な自分だったと思います。

全部自分が悪いというのにね。

今振り返ってもあの日々を超えるような絶望した日は未だにありません。

逆にあの日々があったから、今は並大抵のことではへこたれなくなったのかなとも感じています。

Androidエンジニアとしての適性に疑問

転職して、周りが『会社員でありながら個人でもバリバリと仕事をしてるメンバーだらけ』だったこともあり、とても刺激的な日々でした。

一方で、再び仕事に対して違和感が現れ始めます。

「この違和感は一体なんだろう?」

ここで精神科に通っていたときの文章をもう一度。

> 慣れないAndroidエンジニアという仕事に、職場の人間関係に悩んでしまう日々。

そう、他のコミュニティに目が向いたことで人間関係の悩みは解消したのですが、肝心の仕事内容であるAndroidエンジニアという仕事の悩みは解決していなかったのです。

エンジニアの世界というのは非常に技術革新が早い世界であり、絶えず自分で能動的に最新の技術をキャッチアップしていかなくてはなりません。

つまり、勉強はもちろんのこと自分でその技術を試してみる(プライベートでアプリを開発してみる)といった行動も求められます。

でも、自分にはできませんでした・・・いえ、やらなかったというほうが正しいのでしょう。

怠慢と言われればそれまでなのですが、オフの時間になるとどうしても他のことに目が向いてしまいます。

「このまま時間が経つとどんどん自分のエンジニアとしてのスキルは市場についていけなくなる・・・でもどうしてもやる気が起きない・・・」

今度は仕事人としての自分に自信が持てなくなっていきました。

Uber Eatsの配達員デビュー

そんな悶々とする生活の中、ある日会社の同じチームの仲間とランチするにあたり、仲間が「今日はUber Eats(ウーバーイーツ)で頼もっか」と言いました。

「・・・ウーバーイーツって何だ??」

そう、自分はまだ知らなかったのです。そんなサービスが存在していたことに。

仲間に食べたいメニューだけ告げて注文してもらったところ、30分ほどで配達員が自転車に乗って食事をオフィスまで届けに来たのです。

「な、なんだこのサービスは・・・!」

衝撃でした。そんな仕事があるのかと。

程なくして気づいたときには恵比寿のパートナーセンター(今はもう閉鎖されましたが)での登録会に私も参加していました。

2019年2月にUber Eats配達員デビュー

ここに来てやっとフードデリバリーの話です。長かったですよね(笑)

学生時代にずっと日本で旅してきたパートナーとも言える自転車が再び日の目を見た瞬間です。

実は、渋谷に引っ越してから1年近く自転車に乗らない日々がずっと続いていたんですよね。

もう夢中で走ってましたよ。こんな働き方があるなんて。

「なんでこんなに楽しいんだろう?」

そうだよ、自分は幼少期からずっと自転車で走り回ってきたじゃないか。

会社員生活5年目で会社員を辞めた

本業で会社員としてAndroidエンジニアをしつつ、プライベートではUber Eatsの配達をする生活が半年ほど続いた頃。

毎週のUber Eatsでの配達の収入とブログからの収入を合算して思ったのです。

「今よりは収入は間違いなく減るけど、固定費減らしたらUber Eatsとブログの収入だけでも何とかやっていけるんじゃね?」

自分が言うのもなんですが、勤めていた会社は世の中的に見れば相当なホワイトな会社だと思います。

福利厚生もかなり充実してましたし、年収も悪くはありませんでした。

それでもAndroidエンジニアという仕事の適性についてはずっと悩んだままでした。

仕事を通じて社内で他のメンバーから感謝されることはあっても、依然としてプライベートではまったく勉強も開発もしない、エンジニアという仕事人として自信の持てない自分に変わりはなかったのです。

ホワイトな会社に残って会社員として苦手な仕事を続けるか?
収入や安定を捨ててでも自分に自信を持って好きで得意だと思える仕事をやるか?

2019年9月、自分は会社員を辞める道を選びました。

そして現在に至ります。

フードデリバリー×情報発信で生きるとは

時間と場所に縛られずに生きていく

大学院卒とAndroidエンジニアという会社員時代のキャリアをすべて捨てて、フードデリバリー(当時はUber Eatsだけ)と情報発信の組み合わせで生活する・・・最初このような生き方を始めることに多くの反対の声もありましたし、前職のメンバーから馬鹿にされることもありました。

でも、直感で感じたのです。

今の自分はこの生き方でやっていくのが良いんだと。

一度きりの人生、後で後悔しないようにやれるところまで思いっきりやってみようって。

バイクを再び購入した

会社員時代に大きく後悔したことのひとつに『250ccバイクを手放してしまったこと』があります。

当時、渋谷への引っ越し資金にしてしまったんですよね。

改めて思ったのは、旅の仲間を簡単に切り捨てるもんじゃないなと。

「もう一度バイクに乗りたい」

会社員を辞めてさいたま市に引っ越してから最初は自転車で配達をしてましたが、程なくしてバイクでの配達に切り替えました。

バイクでフードデリバリーをやるようになったのはこのときが初めてです。

現在も乗っているスズキのアドレス125を2019年12月に購入

「あぁこの感覚だ、また色々と遠出もしたい!」

1年半ぶりにバイクに乗り、自分はかつての楽しさを取り戻しつつありました。

フードデリバリー遠征を始めた

2020年4月、宮城県の仙台でUber Eatsが始まったのを期に、仙台までバイクで出向いてUber Eatsの配達をやってみました。

別に誰かに言われてやったのではありません。

『配達バッグ・スマホ・車両があればどこでも仕事ができるフードデリバリーの仕事』と『昔から旅することが好きな自分の性格』がかけ合わさった結果、自ずとやってみたくなってしまっただけなんですよね。

この仙台へのフードデリバリー遠征が、後に自分が仕事と旅を両立しつつ、好きな時間と好きな場所で好きなことをして暮らすという生活の第一歩となりました。

2020年12月、広島県の宮島にて

2021年1月、沖縄遠征

2021年8月、北海道の網走湖畔でキャンプ

決して収入は多くはないですが、沖縄や北海道で1ヶ月近く過ごすという、学生時代や会社員時代の自分からしたら羨ましくて仕方がない生活が今ではできるようになったのです。

軽貨物を購入した

2020年7月、バイクに続いて中古の軽貨物(日産のNV100クリッパー)を購入しました。

最初はバイクを運搬することだけが目的だったんですよね。

遠征先までバイクを積んで、現地に着いたら下ろしてバイクでフードデリバリーをやるみたいな(まぁ結局そのスタイルは積み下ろしが面倒だったので2020年夏が最初で最後となりましたが笑)

その後しばらくの冬眠期間を経て、2021年5月には黒ナンバーを取得して軽貨物単体でも配達するようになり、現在のようにバイクとの2台体制になりました。

ちなみに軽貨物の後部座席には布団が敷いてあり車中泊ができるようにしてあります。

そのおかげでどこへフードデリバリー遠征しても宿泊費がかからない移動式生活拠点としても活用できるようになりました。

どこでも寝泊まりできる

ブログを中心に情報発信も継続中

情報発信でも収入を得ています

ここまでフードデリバリーしながらの旅について多く触れてきましたが、もちろん情報発信も継続して行っています。

みなさんが今読まれているこのブログもまさにそのひとつ。

ブログを始め情報発信の収入面での良いところは非同期的に収入が得られることなんですよね。

フードデリバリーは自由な仕事ですぐに収入になるのが魅力ですが、それでも時間と労力を同期的に提供しなくては収入が得られません。

言ってしまえばフードデリバリーの仕事は労働者であることに変わりはないんです。

一方の情報発信は初めのコンテンツ作りにこそ時間と労力が必要で、収入になるのにも時間がかかります(収入になる保証もありません)

ただ、一度インターネットという電子の海に流してしまえば、あとは自分が寝ているときだろうが遊んでいるときだろうが収入を生み出す仕組みとして動き続けるんですよね。

必ずしも芽を出すとは限りませんが、果実を得るために種まきしないことには始まりません。

なのでフードデリバリーしながら空き時間や鳴らない時間に裏でコツコツ種まきと水やりをしているという感じです。

フードデリバリーと情報発信という二足のわらじを履いて、今日も元気に自分らしく楽しく仕事して生きています!

おわりに

軽貨物の後部座席で車中泊しながらブログを書く

「フードデリバリーという自分の得意が活きて自信が持てる仕事で直近の生活のための収入を得つつ、未来の自分を楽にするために情報発信も並行してコツコツ継続する」

会社員を辞めた2019年9月からずっと、自分はこのスタンスでやっています。

ただ、今後は情報発信での収益の割合をもっと増やしていきたいなと考え中。

決して簡単ではないんですけどね。

どうやっていくか、自分もまだまだ試行錯誤の真っ只中です。

これからも自分の生き様の発信を通じて、

「自分の好きや得意と向き合う生き方」
「誰かに喜んでもらうための情報発信」
「非同期的な収入を得られる仕組みづくり」

をみなさんに伝えていきたいと思っています。

私もまだまだ道半ば。

これからも人生でもフードデリバリーでも走り続けます。

一緒に頑張りましょう!

遠征を通じて過去にお会いした方々

フードデリバリー遠征を始めてからというもの、日本各地に知り合いもできました。

みなさんいつもありがとうございます!

メディア掲載歴/出演歴

インタビューを掲載いただいたメディア一覧です。