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怒りの感情を相手に振りかざすのは愚かである 〜怒りの感情は使わない〜

みなさんこんにちは。かたぴ(@katapi1103)です。

先日会社でアンガーマネジメント(Anger Management)について学ぶことがありまして。
要するに怒りのコントロールですね。

あなたの身近の人でこんな方はいませんか?

  • 気に食わないことがあると暴力をふるってくる人
  • 大声を上げたり机を叩くなどして相手を威圧する人
  • 「そんなんだからお前は○○なんだ」のように人格攻撃に走る人
  • 脅迫や恐喝をして相手の意思をねじ曲げようとする人

もし「自分もそれやっているかも!」というあなた。
今すぐにそれはやめましょう。

結論から言うと、俺は以前から他人に対して怒りの感情を使う人は未熟だと思っています。

愚かと言っても、相手に対して注意や指摘を全くするなと言っているわけではありませんよ。
あくまで怒りの感情を振りかざすことを問題視しているわけです。

「ついつい感情的になってしまう」
「言葉より先に手が出てしまう」
「なぜあの人は理解してくれないんだ」

そんな人にこの記事は読んでほしい。
他人とのコミュニケーションを軸に、怒りの感情を使うことの未熟さを見ていきましょう。

コミュニケーションの難しさ

合意形成を目指したコミュニケーションは大変

みなさんが誰かと議論するとしましょう。

議論とは仕事でのミーティングはもちろん、身近な人との会話まで含みます。
ありとあらゆる人と人のやり取りが当てはまるでしょう。

議論の目的は相手との合意の形成。
違う人間同士で同じ考えの共有を目指しましょう。

さて、どのように議論しましょうか?

説明に専門知識が必要になることもあるでしょうし、相手の知識レベルに合わせて内容をかみ砕いて説明する必要もあるでしょう。
自分の主張が相手に反対されてしまった場合、納得させるためには根拠を挙げる必要もあれば、分かりやすい例を挙げる必要もあるでしょう。
仕事であれば数値やデータを出して、理論的に説明する必要もあるでしょう。

このように、議論で他の人と合意形成を目指してコミュニケーションを行うというのはとても手間のかかることです。

かたぴ

まぁ一言で言えばめんどくさいですね。
その気持ちも分かりますよ。だけれども・・・

怒りの感情という安直なコミュニケーション手段

では、合意の形成のためのコミュニケーションが面倒だと感じてしまった人が取る行動とはなんでしょうか?

そこで登場するのが怒りの感情ですよ。
怒りの感情を使えば面倒な手順をすっ飛ばして自分の主張を相手に押し付けることができるからです。

もう一度、怒りの感情を使う人の例を見てみましょう。

  • 気に食わないことがあると暴力をふるってくる人
  • 大声を上げたり机を叩くなどして相手を威圧する人
  • 「そんなんだからお前は○○なんだ」のように人格攻撃に走る人
  • 脅迫や恐喝をして相手の意思をねじ曲げようとする人

時間をかけてコミュニケーションを相手と取ればこんなことする必要ないですよね。
どんなに気に食わない相手だとしても、合意の形成を目的とするなら感情を振りかざすべきではありません。

会話・身振り手振り・表情といった他人とのコミュニケーション手段が我々にはあるんです。
それらを使わずに感情だけで相手を強権的に支配しようとするのは人間として未熟と言わざるを得ません。

かたぴ

戦争だって同じですよね。
話し合いで解決するんだったら武力に訴える必要もありません。
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相手に指摘するときにマウントは取らない

知らないことは素直に教えてあげればいい

例えば仕事の仲間が何か問題を起こしたとしましょう。
もし、問題を起こした原因がその人があることを知らなかったがために起こしてしまったものだとしたら。

このとき、怒りの感情を使って叱る人がいます。
「なんでこんなことも知らないんだ!」
のように。

なんと不条理なんでしょうか。
そんなことで相手にマウントを取って何か良いことあるんですかね。
叱る側にとって自己満にしかなりませんし、言われた側は良い気はしないでしょう。

人間知らないことのほうが圧倒的に多いですよ。
世の中の知っていることなんて0.1%もないでしょう。

人間誰しも知らない状態から始まるのですから、知らないことは教えてあげればいいんですよ。
相手を攻撃する必要なんてどこにもありません。

かたぴ

「こんなこと常識だろ!」というフレーズも使う人にも気をつけなければなりません。
往々にして常識だろというのは世の中の常識ではなく私にとっての常識、なのですから。

反省文という書かせる側の自己満

同様に反省文も意味がないと思っています。

反省文なんて書かせる側の自己満でしかないじゃないですか。
書く側にとっても許しを請うものでしかありません。

書かせる側がマウントを取るようなもの。
先程と同様ですよ。

自分が悪いことをやったとか失敗をしたとかを自覚しているだけ、文章として書くと余計にいやーな気持ちになるでしょうね。
頭の中だけにあったものが目からも入ってくるわけですから。

反省文を書かせるくらいなら相手に寄り添いましょうよ。

相手にこうしろああしろと一方的に押し付けず、
「どうしてこういうことが起こったのか?」
「今後どのようにしていったらよいか?」
を相手と共に考えたほうがよっぽど建設的だと思います。

かたぴ

相手が自分自身で気づきを得られるように接したい。

相手が自分の期待通りにならなくても怒ってはいけない

そもそもなぜ怒りの感情を使ってしまうのでしょうかね?

理由はいろいろあるでしょうけど、ひとつに相手が自分の期待通りにはならなかったからということがあるでしょう。

「部屋掃除をしておくようにお願いしたけどやってくれなかった」
「子どもが自分の言った大学に進学しなかった」
「彼氏がごはんをごちそうしてくれなかった」

みなさんの身近にもあるでしょう。
生きてればこんなこといくらでも起こります。

でも、相手が期待通りにならなかったからといって怒るのは違います。
相手は自分の期待を満たすための存在ではありませんよ。

この辺の話についてはこちらの記事に書いているので良ければどうぞ。

かたぴ

相手は自分の思い通りにはなりません。相手を変えようとするのではなく自分を変えるようにしましょうよ。
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まとめ

怒りの感情を相手に使うのは愚か

  • 合意形成を目指すコミュニケーションは手間がかかる
  • その手間を面倒に思った人が怒りの感情を使い始める
  • 怒りの感情を振りかざすことで強権的に相手を支配できる
  • 相手に指摘するときはマウントは取らないように
  • 相手が自分の期待通りにならなくても怒らないこと

相手とのコミュニケーションで怒りの感情を使うと色々ラクなこともあるでしょう。
しかしラクな反面、自分の人としての未熟さを相手に露呈することにもなります。

怒りの感情を振りかざして接してくる未熟な人を尊敬できるでしょうか?
そんな人から言われた正論は、仮に正論だとしても反発したくなりませんか?

我々には会話・身振り手振り・表情といった他人とのコミュニケーション手段があるんですよ。
時間をかけてでも、相手に寄り添って対話をしていく必要があると考えます。


いつだって人に優しい存在であり続けたい。
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いつだって人を思いやる存在であるために 〜人間関係トップページ〜

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